2014-05-21

6月21日(土)、6月22日(日) 映画『断層紀』上映会



「私たちは足下、地中深くに横たわる一個の大きな死体の上に生きているのかもしれない。」(劇中より)
 
『エンジョイ・ユア・ライフ』『TRAIL』監督・波田野州平の最新エッセイ映画上映!

2011年3月11日をまたいだテニスコーツとジャド・フェアの日本ツアーをドキュメントした映画『エンジョイ・ユア・ライフ』、鳥取の大自然の中で音楽家・三富栄治×画家・山口洋祐×詩人・藤本徹を起用した映画『TRAIL』などで知られる映画作家・波田野州平。彼の最新作『断層紀』の上映会をGive me little more.にて2日間にわたり開催いたします。

劇映画とも、ドキュメンタリーとも異なる”エッセイ映画”である本作。秋田で波田野が記録した映像、その土地の過去の写真や映像、地元の中学生ユキが切り取った日常の風景、葛藤が交錯する60分をお楽しみください。自分とは関係なく存在している誰かの想いや記憶に触れることができるのが映像の醍醐味だと、改めて感じさせてくれる一作です。

今回の上映に先駆けて、行った波田野監督のインタビューを掲載しております。
Give me little more's interview

上映日の2日間では、波田野監督がGive me little more.に滞在。21日(土)夜には、ロングトーク。『断層紀』のみならず過去作品や、波田野監督が運営するギャラリー・セプチマについてもお伺いしたいと思います。
22日(日)には、松本市在住のイラストレーター山崎美帆さんのライブドローイングと波田野監督による映像パフォーマンスのコラボレーションも行われます。5月に行われた山崎美帆さんの個展『みずうみの屈折率』とつながる世界があるという『断層紀』。イメージの重なりをどのように表現してくれるのでしょうか。楽しみです。


「断層紀」上映会 
6月21日(土)
14:00 / 16:00 / 19:00
【20:30- 波田野州平ゲストトーク】

6月22日(日)
14:00 / 16:00 / 18:00
【19:30- 波田野州平×山崎美帆(イラストレーター)映像とライブドローイングのパフォーマンス】

映画料金:(前売)1,000円(当日)1,200円(ともに要1Dオーダー)
イベント料金 ¥1,000+1Dオーダー
       映画を鑑賞された方、半券提示で¥500(ドリンクオーダー不要)

■作品情報
『断層紀』(2013年/60分/白黒・カラー/HD)

 監督・脚本・撮影・編集:波田野州平
出演:高橋幸来 / 篠村三之丞 / 波田野州平
音楽:三富栄治 / 清岡秀哉

 ■ストーリー
私の祖父、波田野源一郎はある日突然姿を消した。そして私は残された物のひとつ、ひかり輝く鉱石に魅せられ、祖父が産まれた鉱山の町をはじめて訪れた。そこで見聞きした死にまつわる数々の伝承。死産した子供を遺棄した沢、お盆の夜に墓地で行われる弔いの踊り。やがて私は15歳の中学生ユキと出会う。彼女はカメラを使って日記をつけていた。家庭や学校での不安、将来への渇望を日記に残すユキとの交流を機に、私は「残す/残る」ということに思考を巡らしはじめる。今すぐこの町から出たいと願うユキと、この町の過去を執拗にあばこうとする私。時の断層から呼ぶ声に導かれるままに、秋田北部を巡った紀行映画。

■監督より
『断層紀』は映画作家・波田野州平が秋田県大館市に滞在し、現地で出会った個人の伝記や昔の生活を記録したフィルム、小さな村に残る弔いの祭や鉱山跡地を調べ、その成果を伝統的な「カメラ=万年筆」の技法でエッセイのように綴った映画です。地元の中学生ユキと行われた映像往復書簡では、「ただ見る」ことの喜びを思い出させる瑞々しいまなざしを映画に持ち込んでいます。今では「忘れられた日本人」と呼ばれる近代化以前の日本の姿を思い起こさせつつも、決して郷愁には終わらない、未来への力強い一歩を感じさせる映画がここに誕生しました。

■プロフィール
波田野 州平
東京都在住。シャロン・ヴァン・エッテンやジョセフィン・フォスターをはじめミュージシャンのライブ撮影を数多く行い、Night PeopleシリーズとしてWebにて発表。ジャド・フェア&テニスコーツの日本ツアーを記録した音楽ドキュメンタリー「エンジョイ・ユア・ライフ」が全国で巡回上映。東京・立川でギャラリー・セプチマというアートスペースを運営している。2013年、映画「TRAIL」が渋谷ユーロスペースでの公開を皮切りに、全国で劇場公開される。

山崎 美帆











長野県上田市出身/松本在住
セツ・モードセミナー卒
雑誌・書籍・広告等でイラストを描いています。

2014-05-20

6月18日(水)「円盤のレコード寄席―万国博覧会のレコード―」幕間ライブ:ASUNA、チョコレートタウンオーケストラ



昨年、開催した「レコード寄席」が再びやってきます。今回のテーマは、 万博!

高円寺の名物音楽空間・円盤店主の田口史人がお送りする、音楽的な文脈から外れた目的でつくられた珍品レコードの数々を紹介していくイベント。今回のテーマは万博!間違いなく日本の創造力、想像力のピークだった1970年の大阪万博のレコードを聞きます。国の威信を賭け、巨額の予算が当時の最前衛アーティストに投下され、それに見合った巨大スケールの信じられない作品をたくさん生み出した狂気のイベント。その音源はほとんど関係者配布の非売品でしか残されていませんが、今回はその各パヴィリオンが関係者に配ったレコードを中心に関連のレコードを大特集します!全ての日本人が夢見た未来の姿がここに!
幕間には、卓上に並べた数々の玩具などを用いてドローン演奏を行うASUNA、長野市の異国情緒風ポップス楽団・チョコレートタウンオーケストラのライブもあります。お楽しみに!

前回の様子を松本経済新聞さんがわかりやすくまとめてくれました。
こちらもご覧ください。


6月18日(水) 「円盤のレコード寄席―万国博覧会のレコード―」
出演:田口史人(円盤)、ASUNA、チョコレートタウンオーケストラ
料金:1500円(1D別)
開場19:00 開演19:30 

チケット予約はgive.me.little.more@gmail.comまで。

■ライブ出演者プロフィール

ASUNA

1999年から古いリード・オルガンとエレクトロニクスによるドローンを主体として制作された数々のカセット・テープ作品が、西新宿ロス・アプソン?や、渋谷クララ・オーディオ・アーツといったレコード・ショップにおいて話題を集め、2003年スペインのラッキー・キッチン(Lucky Kitchen)よりアルバム"Organ Leaf"を発表し、CDデビュー。それと前後して発表されていた、解体されたリード・オルガンのモーターとリード蓋の固体振動をピックアップすることによって制作された作品"Each Organ"によって「Improvised Music from Japan」誌上でも音源やインタビューが取り上げられ、その後インスタレーション作品の展示でも注目を集める。それ以降、エイプスタージュ(apestaartje)や360°recordsなど国内外問わず、多数のコンピレーション・アルバムに参加。近作にはHEADZからの集大成的な2枚組アルバム"THIS"と、米ブルックリンを拠点とするミュージック・リレイテッド(music related)からの最新アルバム"flowers"などがある。ソロ活動と並行し、名古屋のteasi、鳥取のトリレーベルのshibata、カナダのSecret Mommy、韓国のMagazine King、そして東京では元WrKの佐藤実(m/s、SASW)、My Pal Foot Foot、sawako、OPQらとコラボレーション活動も多数行ってきた。また、自身のレーベルao to ao(http://d.hatena.ne.jp/aotoao/)を主宰している。

2014-05-13

黒瀬陽平『情報社会の情念—クリエイティブの条件を問う』発刊記念イベント(2014/2/8)を振り返る

もう一季節も前のことですが、数十年に一度という大雪に見舞われた2月8日(土)開催された「黒瀬陽平『情報社会の情念—クリエイティブの条件を問う』発刊記念イベント」この度、黒瀬さんがキュレーションを行うLITTLE AKIHABARA MARKET ― 日本的イコノロジーの復興』(ROPPONGI HILLS A/D GALLERY 5/10-5/25)の開催にあわせて、イベント企画者である石田&新美共著のレポート記事で、あの日のイベントの様子をお伝えいたします。

(2月8日 am11:00頃の様子)

松本市内は朝から凄まじい雪でした。写真の時間より半日経ち、夜になってもまだ雪が降り続ける中、電車はほとんど進まず…21時半を回る頃に、黒瀬さんなんとか会場に到着。

到着してほどなく、22時前にトークが始まりました。まだ雪がやまない中、松本市街地へのあらゆる交通手段がなくなっている中、街中に住んでいる人や、学生を中心に15人ほどのお客さんが残ってくれていました。本当にありがとうございました。

(黒瀬陽平氏)

では、ここからはトークの中で印象が強かったお話をダイジェストでお伝えしていきます。

①助成金アートと<みんなの意見>

「日本では地方でも都心でも、現代アートを続けていくためには助成金に頼らざるをえない状況がある。でも、助成金をもらってアートをやろうとすると、<みんなの意見>に従わなければいけない。つまり、アートはこういうものだ、という理念に照らし合わせて評価するんじゃなくて、住民の反応がそのまま事業評価につながって、その基準でアートが判断されてしまう。クレームでもつけられてしまえば、それは端的にマイナスの評価ということになる。だから必然的に、クレームがこないようなアートになってしまう。しかし、それは果たしてアートなのか? (...)<みんなの意見>をすぐ集計できて、可視化して、それと照らし合わせて判断ができるっていうのは、まさに現在のネットで起きていることと同じ。でも、アートの歴史はそれと同じ理屈では動いていない。<みんなの意見>に疎外されないようなアートの理屈を考えなければ、と思って『情報社会の情念』を書いたというところがある。今日はその話をしたいと思います。」

社会に求められるアートでなければアートでないのか?実に、単刀直入な問題提起だと思います。特に地方では肌で感じる、助成金に頼ったアートの問題と絡めて、アートとその制度の問題とインターネットの状況を照らし合わせた視点が提示されました。この場では無難な話は絶対語られないであろうという予感が高まる会場!実際の現場と情報社会での動向は全く別次元の動きではないという問題設定にぐっと関心も高まります。


②カオスラウンジの活動 オタクとネットの関わり

「<アート>は歴史性と継承性によって築かれている。でも、日本人にとって<アート>というハイカルチャーが輸入品であり、距離感があるものだということは美術史的にも事実で、一般論としても認めるしかない。<日本美術>の歴史を見ても、大陸からの強烈な影響を受けて、歴史意識がしょっちゅうブツ切りにされている。それでも、日本で現代アートをやろうとする時に参照できる歴史を探してみると、やはりオタクカルチャーだった。村上隆さんが主張したように、オタクカルチャーには短いながらも強固な歴史性と継承性がある。オタクカルチャーの歴史を、過去へ延長することによって日本のアートの歴史が描けるかもしれない。ぼくはカオスラウンジという活動によって、そこにネットカルチャーを接続しようとしました。」

ここでは黒瀬さんの問題意識が提示された冒頭に続いて、そこに至るまでの彼の活動の経緯が紹介されました。黒瀬さんは、日本の美術・アートの連続した歴史を持たない状況とは対照的な、「日本のオタクと呼ばれる人たちが積み上げてきたもの」に惹かれたそうです。ネット独特のコミュニケーションをうまく使って活動をしている藤城嘘(注1)さんとの出会いもあって、このオタクカルチャーへの関心に加えてネットという要素を取り込んでカオスラウンジの活動に合流していくことになったそうです。彼の名前を一躍有名にした「カオスラウンジ宣言」。そこにはpixivやニコニコ動画といったコミュニティをつくるウェブプラットフォームの興隆に対しての複雑な思いが背景にあったそうです。つまり、ウェブ上の新動向をたしかにおもしろいと思いつつも、同時にプラットフォームの方がコンテンツ(作品)の性質を決めていくようになるのではないか、という懸念があったそうです。だからこそ、プラットフォームの設計を工夫してクリエイターを排除しないような仕組みづくりができないか、またクリエイターがプラットフォームの性質に自覚的にコンテンツを創っていくことはできなかという考えを持つようになったそうです。「カオスラウンジ宣言」は、ネットカルチャーという新しい場の台頭の中で、なんとか日本の表現活動の枠組みを作り直そうとする取り組みだったのですね!

しかし、彼が活動を始めた以降も、2010年までにビッグデータを用いたプラットフォームの優位はますます進み、データマイニングに基づいたマーケティング戦略が支配力を強め、その結果みんにとって快適なコンテンツがどんどん増える事になる時代が訪れます。それは極端に言えば「クリエイターは要らず、プラットフォームの設計者が求められる時代」ともいえます。つまり、予想外なものはどんどん排除されるような世界が加速し、アーティストやクリエイターが疎外される状況が訪れたのです。amazonの「これほしいかも機能」のように、個人向けにパーソナライズされた情報だけが提供される「エンドレス・ミー」(イーライ・パリサー)と呼ばれる世界は、偶然を徹底的に排除して必然だけで構成されるので、「全く新しいもの」が生まれてくることはきわめて難しくなりました。このままでは必然の繰り返しが行き詰まりになったときに、どうしようもなくなってしまう。だからこそ、その構造に突破口をあたえるようなコンテンツ、アートが重要になってくるという危機感が黒瀬さんの中には募ったそうです。そこで、黒瀬さんは2000年代に生まれたものの中で、時代の状況を自覚的に反映しているコンテンツを探しました。結果、黒瀬さんが着目した作品は『らき☆すた』と『仮面ライダー・ディケイド』でした。

ここで、会場のみんなで「仮面ライダー・ディケイド」の一場面を鑑賞。フォルム自体がゲーム盤のようになっている仮面ライダーディケイドコンプリートフォームは、まさに「プラットフォーム」でしかないとのこと!クリエイターの美意識によってつくられる従来の表現に対して、これはまさに消費者のアノニマスな欲望が集約して生まれたデザイン性との解説。パッと見わかりやすい事例紹介に盛り上がる会場!

③欲望を平均化するプラットフォームに別の角度から
「プラットフォームというのは、基本的に多くの人に開かれるべき、という考え方です。もちろん、クローズドなプラットフォームもありますが、データマイニングによる運営を考えると、集まるデータは多ければ多いほど精度が上がる。したがって、多くの人が参加するプラットフォームは強力な<正しさ>を持つことになります。しかし、データマイニングによって行なわれていることは、いわば欲望の平均化です。多くの人の行動データを取り、欲望を平均化していけばいくほど、そこには凡庸なものが残ります。そこに運営論のジレンマがあるということを、拙著では書きました。しかし、ソーシャルゲームのヒットなどの現象が露呈させたのは、人々は凡庸なものを消費してそこそこ満足してしまっている、という事実。そういう状況のなかで、アーティストは何を示せるかということを考えているんです。(...)平均化された誰のものでもない凡庸な欲望、つまり<みんなの意見>が今、統計学的な<正しさ>のもとに可視化されて、ぼくたちの目の前にある。重要なのは、それを正解として見るのではなくて、スタート地点だと考えることだと思います。かつてなく鮮明に可視化された<みんなの意見>に対して、ひるむことなく別の角度から表現をぶつけられるのがアーティストの役割なのではないか、と。(...)拙著では、いま現在の<みんなの意見>とは異なる<正しさ>をどうやって調達するか、という意識で歴史を遡って岡本太郎や寺山修司を扱いました。」

ここでレポーターが語ることはないでしょう。世の中が平均化するときに別の角度から意義を唱えられるような異物の存在の必要性。アーティストやクリエイターってもう意味ないじゃん、というニヒリズムを脱出する上でとても重要な話ですね。共感!

④現代美術の話
「ある種の歴史性とか文脈とかコンテクストを引き継いでいくことは、すごく尊いことであると同時に、閉じたゲームでもある」

休憩を挟んだ後半は、20世紀後半の美術の展開が歴史の中で非常に特殊な形態であったことに触れつつ、純粋な美術という領域は専門的なひとつの業界だということ話からはじまりました。続いて棋士の名人戦のビデオを鑑賞。ある業界の天才の凌ぎ合いとそれを囲む専門家を例にして、ひとつの業界の発展というのはそこでしか通用しないようなある種のゲーム性に根付いているというお話をしてくださいました。「閉じたゲーム」だけど「尊い」、ということが「将棋」という至高の趣味の世界と並べられることでよくわかりました。


⑤震災と炎上
「<取り返しがつかないこと>について考えている」

黒瀬さんにとって、2011年の震災と、ネット上で巻き込まれる事になった炎上は、「同時期の経験だった」そうです。その二つの起こってしまった事実は、半永久的に消せないという共通項があるという思いが残ったそうです。そのとき黒瀬さんが見直したアニメは敬愛する2人の監督、宮崎駿の『もののけ姫』と庵野秀明の『旧劇場版エヴァンゲリオン』でした。黒瀬さん曰く、2人に共通するのは、世界やオタクに対する愛情をもち、それに寄り添いながらも、積極的に<最悪の未来>を描いている点だそうです。『もののけ姫』も『劇場版エヴァンゲリオン』も取り返しのつかなくなってしまった未来を描いていて、そこに生きる人を描いている、ということが黒瀬さんのその時の心境と重なったそうです。可能性としてはオタク的文法を使ってオタクにとって最高の未来を描くこともできたはずなのに、あえて最悪を描くことの意味はなんなのか?この2作品を振り返って、「最悪」の中での「最高」の状態を考えるということの可能性を感じたそうです。そこから、オタク文化が最悪の結末を迎えたとしても、それでも自分たちの文化に向き合い続ける「最高」のオタク像というものが浮かび、その興味が実際に「カオスイクザイル」(注2)や「リトルアキハバラ」(注3)という展示の企画につながっていったそうです。なるほど、「最悪」な状況を認めて、あるいはそう仮定して、そこからどうするか考えるか、ということですね。確かに『もののけ姫』にも『劇場版エヴァンゲリオン』にも、一種の救われなさがあります。それでも、そこに生きる人を考えると、黒瀬さんの著書で語られる「両義性」という言葉とのリンクが見える気がします。こんなお話から、もしかしたらネットや展覧会には、最高/最悪の真逆の状態を映す鏡のような機能があるのかもしれないと思い、もし最悪の状態が映った鏡なら自分はどんな風に振る舞うか、そんなことを考えました.

⑥歴史のループから脱出する
「歴史は繰り返すという言葉があるが、こういう福島第一原発観光地化計画(注4)のようなことをいうと、必ず「それは過去にもあった」という批判が出てくる。(...)でもぼくは、反復や繰り返しそれ自体が悪いとは思わない。世界はそもそもループしている。今の何かは、過去の何かに似ていて当然で、それを指摘して批判に変えるだけでは何の意味も無い。(...)大事なことは、今がどのスパンのループで、<何週目>なのかを見極めること。そして、前回のループと異なる<分岐>を見つけ出し、ズレを生み出すことです。(...)ただ単に過去の繰り返しを生きている、と捉えることと、ループのなかで前回と違う<分岐>を生きようとすることは、全然意味が違うと思うんです。」

これは、最初の話とはっきりとリンクしている話だと思いながら聞きました。データを集める技術が発達して、いろんな情報が統合され、答えがどんどん「平均」の方に近づいていく状況に絶望するのではなく、その状況を逆手にとって、そこからスピンアウトする手法として情報やそれを基にした枠組み(プラットフォーム)を使うということ。そして、そこには終始一貫して話されていたような、個別のコンテンツの力に期待しつつ、それが生まれてくる土壌を作るという話に繋がっているのだと思います。

全体として、黒瀬さんがネット、オタク、アートへの人並みならぬ愛情を持ちながらも、そこに対して湿っぽい情でこだわるのではなく、社会に対して実際的な役割を担うものとなるための理論的な補強を目指している姿勢が強く伝わってきました。混沌きわまりないテン年代のアート、批評、鑑賞の形態を考える道具立てとしても、また従来の美術批評からこぼれ落ちるような領域にそそがれたまなざしとしても、もっと広く話し合われて行くべき論点がつまった3時間でした。

終演時間は、25:00…黒瀬さん、そしてこんな時間まで残ってくれたお客さん、本当にありがとうございました!

注1)藤城嘘:の創設メンバーで同集団の主要作家のひとり。pixivを中心に他の作家を巻き込みながら創作活動を続ける。作家プロフィールhttp://chaosxlounge.com/artists/uso
注2)「カオスイグザイル」3.11震災直後の展覧会。http://chaosxlounge.com/chaosexile/
注3)「リトルアキハバラ」:国が滅びアキハバラに住めなくなったオタクたちが国外脱出し、亡命先でアキバ文化をよりアングラに、より独特に発達させてくという近未来をベースコンセプトに組まれた展覧会。
注4)福島第一原発観光地化計画:原発を観光地化することで復興を計ろうという企画。思想家であり作家でもある東浩紀が中心となって取り組んでいる。

2014-05-02

5月21日(水)にたないけん、井原羽八夏、Toriqumo出演 ライブイベント「鼻歌から墓場まで」

(にたないけん)

歌うことをやめられない人たちだろうな…と感じられる、歌うことの魅力に取り憑かれた人たちが集うライブイベント「鼻歌から墓場まで」開催!

メロディの魅力に取り憑かれたら最後、あとは墓場まで歌を持ち込んでしまう。歌もの音楽中毒者たちのためのイベント。

今回は、東京から、バンド・ずぶぬれシアターでVo.gtで活躍するにたないさんがやってきます。彼の弾き語りは、スタイルの描写を要素として語って惹き付けるような特殊さはないかもしれないけれど、私たちがフォークソングを聴くときに求めるものがたくさん詰まっています。ワンルームの貸部屋で爆発しそうな日常のやるせなさと、小さな幸福感のある普通の風景がど真ん中にいいメロディにのって歌われます。
長野勢は、2組。
Give me little more.での初企画も大盛況だった長野の鍵盤弾き語りシンガーソングライター・井原羽八夏さん。歌のお姉さん的親しみやすさと、「ふつうの感覚」から言葉を投げているからこそ含まれている自然体の毒が効いた言葉の両面性が素晴らしい!
飯田からは、marching band来日ツアーの際に共演をつとめたToriqumo。マイペースに彼らが年月をかけて着実に生み出してきた素晴らしいメロディの数々をぜひ、味わっていただきたいです。これぞ、ああインディポップ。

不必要な意匠なしにつくられたいい歌にたくさん出会える夜になることでしょう。


5月21日(水)ライブイベント「鼻歌から墓場まで」
出演:にたないけん(東京)、井原羽八夏、Toriqumo
料金:(前売り)¥1,200 (当日)¥1,500
時間:19:30開演(19:00開場)

チケット予約はgive.melittlemore@gmail.comまで!

にたないけん…


(プロフィール)
ひとりで歌とギターとハーモニカ。よにんの時はずぶぬれシアター。餃子の蘭州の長男。お酒を毎日5億杯飲みます。

井原羽八夏…

(プロフィール)

長野市在住。長野県内を中心にピアノ弾き語りで活動中。企画室ナノグラフィカのスタッフでもある。

Toriqumo…

5月18日(日)『タリウム少女の毒殺日記』上映会







第25回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門作品賞。
少女による毒殺未遂事件をモチーフにした問題のメタフィクション映画、上映!

静岡で実際に起きた、母親にタリウムを投与していた少女による殺人未遂事件から着想を得て制作された話題の映画『タリウム少女の毒殺日記』が1日限定で上映!
フィクションとドキュメンタリーが交差するようなつくりになっている本作では、ネット空間に生態実験の様子をアップロードしていくタリウム少女の特殊な世界認識が描かれる中、脂肪吸引ビジネス、肉体改造アーティスト、蛍光物質を作る遺伝子が埋め込まれた"GFP BUNNY"など、テクノロジーの進化と人間の関係を考えさせられるトピックが登場し、映画のテーマ性が拡張されていきます。
監督は『新しい神様』で、天皇制や右翼パンクバンド、『PEEP“TV”SHOW』 で、盗撮、ゴスロリ少女など過激なトピックを疎外される側の視点から取り上げてきた土屋豊。主演は「グラビア自撮り部」発起人のグラビアアイドルの倉持由香。
2014年2月15日、大雪に見舞われた松本にて上映された本作ですが、その際、来場することができなかった土屋監督と倉持由香さんのお二人が、この度、ゲストとしてGive me little more.に登場します。

2014年5月18日(日)
「タリウム少女の毒殺日記」上映会 
上映時間 ①14:00〜 ② 18:00〜  ③ 20:30〜(急遽追加)
料金:1600円(ドリンクチケットつき)
ゲスト:土屋豊監督、倉持由香
主催:松本シネマセレクト

■あらすじ
科学に異常な関心を示す≪タリウム少女≫は、蟻やハムスター、金魚など、様々な生物を観察・解剖し、その様子を動画日記としてYouTubeにアップすることが好きな高校生。
彼女は動物だけでなく、アンチエイジングに明け暮れる母親までも実験対象とし、その母親に毒薬タリウムを少しずつ投与していく…。
さらに彼女は、高校で壮絶なイジメにあう自分自身をも、一つの観察対象として冷徹なまなざしで観察していた。
 「観察するぞ、観察するぞ…」
≪タリウム少女≫は、自らを取り囲む世界を飛び越えるために、新しい実験を始める。

■作品情報
監督・脚本・編集:土屋 豊(『新しい神様』、『PEEP "TV" SHOW』)
 出演:倉持由香、渡辺真起子、古舘寛治、Takahashi
 日本/2012年/カラー/HD/82分
 配給:アップリンク
■プロフィール
・土屋豊











1966年生まれ。90年頃からビデオアート作品の制作を開始する。同時期に、インディペンデント・メディアを使って社会変革を試みるメディア・アクティビズムに関わり始める。ビデオアクト・主宰/独立映画鍋・共同代表。監督作品は『あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?』(97)、『新しい神様』(99)、『PEEP “TV” SHOW』(03)。

・倉持由香

≪映画≫

 2013年7月6日 公開 タリウム少女の毒殺日記 

≪TV≫
 2014年4月5日 ノブナガ(CBC)
 2014年3月19日 ツボ娘(TBS)
 2013年12月~ 真夜中のおバカ騒ぎ! (TOKYO MX/千葉テレビ)
2013年9月6日 東京暇人(日本テレビ)
2013年8月30日 東京暇人(日本テレビ)
2013年7月13日 NexT(日本テレビ)
2013年7月~ アイドルの穴 日テレジェニックを探せ!(日本テレビ)
2013年5月20日 お願い!ランキング(テレビ朝日)
2012年12月21日 全力坂(テレビ朝日)
2012年12月06日 夜遊び三姉妹(日本テレビ)

≪DVD≫
 2013年3月31日発売  1th DVD「まいにちくらもっち」:BNS
 2013年6月28日発売  2th 「妄想マテリアル」 スパイスビジュアル
2013年12月6日発売  3th 「くらもちいい尻」 AmazonDVDランキング第1位!
イーネット・フロンティア
2014年3月15日発売  4th 「パンチュ」:h.m.p